| ○5面ボス 高天原の狂犬 犬飼 冥(いぬかい めい)〜Inukai Mei |
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種族:狛犬 能力:信仰を継ぐ程度の能力 所持スペルカード 昇恨「天宇受売の落ちなき岩戸」 極印「蛟竜 -氷点下百万度の冠-」 裂開「飛竜 -忘形の交わり-」 激務「天竜 -蒼天継承-」 神荒「白竜 -弓引き城狐ルサンチマン-」 臥竜点睛「三種の神器」 長きに渡り、神無き社で太陽信仰を支え続けた妖獣である。 純真で意思が強く、1度自分の中でそうと決めたものは決して揺るがない。 気付いたときには親はなく、同じ境遇の御柳と鎮守の森で半死半生のサバイバル生活を送っていたが、奇跡的に森を抜けた際に大神に拾われ、以降社で育てられた。 犬飼は、神の憑り代と同様の役目を担い、神力を直接その身に宿す事の出来る能力を持っている。憑り代のメカニズムや構築の術を、自然と知っているのである。 構築の術を知っているという事は、壊れた憑り代をどう修復すれば良いのかも知っている。そして、犬飼には再構築に必要な力もあった。 太陽の管理と憑り代の復元。大神が封印された日から犬飼は、受け継いだ神の力を使って2つの大仕事を負う事となった。 ――しかし、常世の領域に深く干渉するその能力はあまりに未知数で危険すぎる。 いつになるのか分からない『憑り代が復元する』その日まで、犬飼は高天原の外との接触を絶たれた。 閉鎖された高天原は、毎日参拝客の笑顔と賑やかな声で溢れ返っていたのが嘘のように静寂に覆われた。 耳を澄ませても里の喧騒などまるで聞こえない。原はただでさえ広大すぎる上、周りを囲う死の森に一層全てを遮られているのである。 何の障害物もない見渡す限りの緑の地平線も、誰もいない社も、あちこちに分散されたお菓子の隠し場所も。 大樹がゆっくりと色を変える事も、原のあちこちに花が咲いている事も、風が不思議な音をたてる事も。 天気ににおいがある事も、雲や太陽が動いている事も、1日がとてもとても長い事も。 今まで知らなかった事の全てが最初は新鮮だった。しかし遊びたい盛りの、まして自然を愛でる情緒を持たない子供妖怪がそれを楽しめる期間など高が知れている。 やがて犬飼は今まで知らなかった事の全てに飽きて、流れる空の下でいよいよ退屈を実感した。 唯一の話し相手である日和見の塔の竜がたまにやって来たが、仕事に追われているのかいつも急いで世話を焼き慌しく帰ってしまう。 身を案じる内容が矢継ぎ早に質問されるのに短く答える事が精一杯で、元々多くなかった犬飼の口数は依然として少ないままだった。 夜が好きになった。 広い広い高天原に、自分しかいない事が分からない。 もしかしたら返事が返って来るんじゃないかと思って名前を呼んでみた声も、すぐ満天の星空に溶ける。 朝になって目が覚めると、広い広い高天原で、やっぱり犬飼は1人だった。 ――辰は、今度はいつ来るんだろう。 空の“せいざ”の見つけ方を、次はやっぱり教えてもらおう。 そしたら昼間だって、あんまり退屈しないかもしれないから。 御柳は何をしてるんだ? いつか大神さんに聞いた、全ての傷を治す不思議な薬草でも探しに行っているんだろうか。 そんなの神様に効くわけないのに、あいつはバカだから。 …けど、バカで生意気な狐でもいいから会いたい。 今日みたいに暑い日はカキ氷を作ってくれた雪鬼さまにも。 裸足だった自分に靴をくれた羊のおっさんにも会いたい。 軟派で騒がしい雷使いに会いたい。 風を操る野菜売りに会いたい。 不思議な術を使うお寺の住職に会いたい。 いつも立派なお供え物を持って来てくれた、ちょっと大神さんに似ている優しい牛のお兄さんに会いたい。 ――会いたい。 ――大神さんに、会いたい。 頬の伝い方を忘れた涙の粒が、狛犬の心に数滴落ちる。 それは毎朝、毎朝のこと。 とある曇天の入相。 神の力を未だ持て余している犬飼の前に、数人の妖怪が現れた。争いを好み、戯れ心で他者を傷付ける下衆な妖怪達だった。 高天原は封鎖されているはずなのに、どうしてここにこんな奴らが? そう思った刹那、スペルカードの攻撃が犬飼に襲い掛かった。 ルールもへったくれもない一方的な暴力。訳も分からぬまま滅多打ちにされ倒れた犬飼に、言い聞かせるように、纏わり付くようにねっとりと、妖怪達は言葉を吐いた。 「御柳は神殺しの力を持っている。 大神が姿を見せないのは、奴に憑り代を砕かれたからだろう? 奴は言っていた、民の信仰を壊し、太陽も消滅させてやると。 そして、そのためには番犬の存在が邪魔だとも。」 それは、紛れもない呪詛であった。 霞む思考の中、犬飼はふと気付いてしまう。 自分が、ひどく理不尽な状況に追いやられている事に。 その事で、とても辛い思いをしてきた事に。 そして、それらを全部『何かのせいに出来る事』に。 何故高天原に閉じ込められたのか? …大神がいなくなったせいだ。 何故大神はいなくなったのか? …憑り代が壊れたせいだ。 何故憑り代は壊れたのか? …御柳が壊したせいだ。 ――『御柳のせい』だ。全部全部!! 意識するに至らなかった漠然とした疑問が明確な形を得て、愚かな妖怪に導かれた答えへと堰を切ったように溢れ出す。 ゲラゲラと笑う声を遠くに聞きながら、臓腑を焼かれるような感情と共に狛犬の意識は闇に飲まれた。 どす黒い赤で染まった白銀の髪が、不穏にさざめく風に微かに揺れる。 のち空は荒れ、天候は夕立。 犬飼のスペルの大半は、大神のスペルを元に作られたものである。 妖怪の奇襲で受けた傷が僅かに癒えた頃、犬飼は社に放置されている帳面を見付けた。それは取り留めもなくラクガキをする癖のある太陽の神が、かつて愛用していたものだった。 ぼんやりとページを捲っていると、あちこちにスペルらしきものがメモされている事に気付く。 犬飼はよく、弾幕ごっこで使えるちょっとしたスペルを大神に教えてもらっていた。いくら簡略化されていても神様の考えるスペルは難しく、御柳などは全く使う事が出来なかったし、犬飼も何とかそれらしい体裁を繕うのが精一杯だった。 しかし、今の自分はあの頃よりも遥かに力を持っている。今ならこの帳面に記された術を使いこなせるかもしれない。 文字を読む事が出来なかったので、辰羅川を呼び付けて帳面を渡した。スペルカードの開発に協力してくれるよう頼むと、辰羅川は「良い『でぃすてぃねーしょん』が出来ましたね」、と言って嬉しそうに微笑んだ。 暫く経ち、紙が劣化して読み取れない部分を自分なりに補填しながら数枚のカードを完成させた。 そのカードを持っていると、犬飼は確かに大神の存在を感じられた。 いつも大神が支えてくれているような気がして心強かった。 そして、こう思った。 オレがこのスペルカードを使えば、大神さんの力をいつだって啓示出来るんだ。 大神さんの力を疑う愚かな者には、これで神罰を下してやろう。 神の前で、己が如何に矮小な存在かを思い知らせてやる。 考えてみれば、高天原が封鎖されたのも、オレがここから出られないのも、そういう奴らのせいじゃないか。 姿が見えないだけで薄らぐような、粗末な信仰に縋る奴らの。 何て愚昧なんだろう。 何千年も何万年も、地上の民は太陽に生かされているというのに! ―そうだ。 憑り代が直って大神さんが復活したら、すぐ隠者の森へ行こう。 太陽信仰を滅そうとする憎き裏切り者を、このスペルカードで粛清してやるんだ! 「ああ、早く時が来ないものか。 神への畏敬を忘れた民も、恩知らずなあの狐も、 みんなみんな灰塵に帰してやる。」 既に、犬飼の信仰は毒に冒されている。 犬飼にとって大神の力は、不信人者への復讐の方途となっていた。 あまりに迷いのないひたむきさが仇となり、1度歪められた神の姿は見る見る内に元の形から崩れていった。 高天原に突然猿野が現れた時は心の底にある大神の顔が重なったが、その顔が誰の顔だったのかもう犬飼には分からない。自覚出来ない深層意識を刺激され、ただ苛立つだけだった。 強い意志は、経験と知識が相生しなければ諸刃の剣と化す。 ただただ広い無音の原っぱで、かつて自分の見たもの・聞いた事を世界の全てとした犬飼のそれは確実に精神を蝕み、信仰を刻む。 狂気に囚われた犬飼に声を届けられるのは大神しかいなかった。 大神がいれば、妖怪の言葉を笑止千万と笑い飛ばす方法を教えてもらえたかもしれない。 御柳を信じてやる事など、容易く出来たのかもしれない。 しかし、神様を失った傷だらけの狛犬は哀れ原野でひとり。 深い悲しみを怒りで引き裂いて、尽きぬ退屈を恨みで踏み付けて、押し寄せる寂しさを憎しみで塗り潰す以外にその未熟な心を支える術を知らなかった。 姿の見えぬ狐を信じ続けるより、薄れゆく思い出に必死に縋るより、ずっと簡単な事だった。 そうして狛犬の信仰は、ボロボロになって凍り付いてゆく。 いつも傍にあった竜の変わらない温もりに、とうとう気付く事がないまま。 スペルカードを得てから、犬飼は憑り代の修復作業にますます力を注いだ。いつ頃修復が終わるのか目処は付かなかったが、一刻でも早い方がいいだろう。 ところが、あちらを立てればこちらが立たない。 憑り代に集中した分だけ、犬飼のもう1つの仕事である太陽の管理が疎かになってしまったのだ。 神の力を使う能力といえど、犬飼はまだ白面である。太陽は大神の岩戸隠れの日から光を弱めていたが、それはギリギリのレベルで地上の民に気付かれる程のものではなかった。 しかしそこから意図的に力のバランスを崩したために、太陽の歪みは超えてはならないラインを超えてしまったのである。 十干の郷では、大神に鼎の軽重を問う民が徐々に増え始めた。 大神は、本当にただ引き篭もっているだけなのか? 太陽がおかしいのは、大神の身に何か起こったせいではないか? ――太陽を支える力を持たぬ太陽神に、自分達が信仰を捧げる価値はあるのか? その猜疑は、信仰と共に在る神にとって死活問題であった。 犬飼は、それを御柳のせいだと思った。 御柳が民の信仰心を破壊しているのだと。だからだんだん郷の信仰が得られなくなって来ているのだと。 このままでは、岩戸隠れに不信を抱いた民が強行突破で高天原へやって来る。 太陽を隠して民の疑念を逸らさなければ。 大神が復活し、御柳を始末するまでは……。 そして犬飼は辰羅川へ、郷に激しい雨を降らせる事を命じた。 |